2021年7月26日、米国のアルツハイマー協会はアルツハイマー協会国際会議(AAIC)2021(Alzheimer’sAssociationInternationalConference®(AAIC®)2021)で大気の気質改善が認知機能を改善し、認知症のリスクを軽減する可能性がある事を報告した。
これまでの報告では、長期的な大気汚染への曝露とアルツハイマー病関連の脳内プラークの蓄積との関連性が指摘されていたに過ぎなかったが、今回、大気中の微粒子や燃料燃焼による汚染物質を中心とした汚染の低減が、認知症やアルツハイマー病のリスク低減と関連することが初めて明らかになった。
大気汚染物質が認知症に与える影響
大気の気質と認知機能との関連性については、これまでにも研究が行われてきた。今回新たに、大気汚染の改善が認知症のリスク軽減に繋がる可能性がある事と関連する示すより確証的なデータが得られた。
AAIC2021で発表された新しいデータでは、大気汚染物質が認知症にどのような影響を与えるのか、また、大気汚染物質の削減が長期的な脳の健康にどのような意味を持つのかを探った結果だ。主な発見は以下の通り。
- PM2.5および交通関連汚染物質(NO2)を、EPA(環境保護庁)の現行基準の10%毎、10年間かけて削減する事で、認知症のリスクを14%~26%低減し、更に認知機能の低下を遅らせる。これらの効果は、年齢、教育水準、住んでいる地域、心血管疾患の有無などにかかわらず、女性(調査対象は米国の高齢女性)に生じたデータが得られた。
- フランス人を対象として、この10年間にわたるPM2.5濃度の低減は、PM2.5が大気1㎥あたりの汚染物質のマイクログラム(μg/m3)減少するごとに、認知症のリスクが15%、アルツハイマー病のリスクが17%低減したデータを得た。
- 米国の大規模コーホート(Wikipedia)において、大気汚染物質は血中のβアミロイドレベルの上昇と関連しており、大気の質とアルツハイマー病を特徴づける物理的な脳の変化との間に生物学的な関連性がある可能性を示している。
調査の詳細
大気環境の改善が呼吸器系の健康増進や寿命の延長につながることは研究で明らかになっていたが、大気環境の改善が脳の健康にもつながるかどうかは不明だった。
そこで、南カリフォルニア大学の研究神経学助教授であるXinhui Wang博士らは、大気汚染がより軽減された場所に住む高齢女性は、認知機能の低下が緩やかになり、認知症になりにくいのではないかという仮説の元に調査した。
Wang博士らは、米国国立衛生研究所が資金提供している「Women’s Health Initiative Memory Study-Epidemiology of Cognitive Health Outcomes(WHIMS-ECHO)」のうち、研究開始時に認知症ではなかった米国の高齢女性(74~92歳)のグループを対象とした。
参加者は2008年から2018年までの10年間、毎年、詳細な認知機能テストを行うなど追跡調査し、認知症を発症したかどうかのデータを取った。また、並行して参加者の自宅住所を記録し、数理モデルを用いて、これらの場所の大気汚染レベルを経時的に推定した。
中央値6年間の追跡調査では予想通り女性の加齢に伴い認知機能が低下する傾向が見られた。しかし、PM2.5とNO2の両方において、現行基準の10%当たりの削減量が大きい場所に住んでいる人は、認知症のリスクが14%~26%減少していた。これは、2〜3歳若い女性に見られるリスクの低下と同等レベルだという。
Wang博士は「今回の結果は、人生の後半に屋外で高濃度の大気汚染を受けると脳に悪影響を及ぼすという証拠を補強するとともに、大気の質を改善することで認知機能の低下や認知症のリスクを大幅に低減できる可能性があるという新たな証拠を示した点で重要です」と述べている。
フランスでの調査
また、フランスの高齢者において、微小粒子の削減が認知症リスクの低減に関連することを発見した。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のポスドクであるNoemie Letellier博士らは、65歳以上の高齢者7,000人以上を対象とした大規模コーホートである「フランス3都市研究」を用いて、大気汚染と認知症リスクとの関連性を調査した。
その結果、1990年から2000年の間にPM2.5濃度が低下したことを確認、社会人口統計学的因子や健康行動因子、APOE遺伝子型とは無関係に、PM2.5が大気1㎥あたりのガス状汚染物質の量(μg/m3)が減少するごとに、認知症リスクが15%、アルツハイマー病リスクが17%低下することが明らかになった。
Letellier博士は「これらのデータは、高齢者の認知症の発症率に対する大気汚染の低減による有益な効果を初めて明らかにしたものです。今回の結果は、健康的な高齢化を促進するために大気環境基準を強化する上で重要な意味を持ちます。気候変動、大規模な都市化、世界的な人口高齢化の中で、効果的な予防戦略を特定して推奨するためには、大気汚染の変化が認知症の発症に与える影響を正確に評価することが重要です。」と述べている。
長期的な大気汚染はβアミロイド斑を増加させるのではないか
βアミロイド斑の蓄積は、アルツハイマー型認知症の特徴の一つだ。大気汚染とβアミロイド生成量の増加との関係は動物実験やヒト実験で明らかにされているが、長期的な大気汚染への曝露がβアミロイドに及ぼす影響については、まだよくわかっていない。
ワシントン大学疫学部の博士課程に在籍するChristina Park氏らは、Ginkgo Evaluation of Memory Studyの開始時点で認知症ではなかった3,000人以上を対象に、微小粒子状物質(PM2.5)、より大きな粒子(PM10)、二酸化窒素(NO2)などの大気汚染物質への曝露レベルと、Aβ1-40(プラークの主要なタンパク質成分の1つ)のレベルとの関連を調べた。この研究では、個人のβアミロイドを測定するための血液検査を行う前に、参加者の居住地における大気汚染レベルを最大20年間にわたって評価した。
研究期間が8年と長い人ほど、3種類の大気汚染物質とAβ1-40の間に強い関連性があることがわかった。これらは、大気汚染物質への長期的な曝露が、血中のAβ1-40レベルの上昇と関連していることを示唆する、初めてのヒトのデータである。
Park氏は、「今回の結果は、大気汚染が認知症発症の重要な要因である可能性を示唆しています。認知症に影響を与える他の多くの要因は変えることができませんが、大気汚染への曝露を減らすことは、認知症のリスクを下げることにつながるかもしれません。さらなる研究が必要です」と述べている。