基本的に生物における最重要器官は知っての通り脳と心臓だ。脳は身体の全てを管理し、心臓は生物にとっての生命線である酸素を血液で全身に運ぶ。
どちらが欠けても生物は数刻と生きられない。そんな最重要器官でも病床となる場合がある。知っての通り、人においてはむしろ多いと言っていいだろう。
心臓病や脳疾患の患者は非常に多い。単純に多い、というのもあるが、やはり治療しにくい点が大きな理由の一つだろう。治療するには一部を除いて直接アクセスする必要がある。つまり切開する必要があるが、前述通り最重要器官であるため、高い技術や知識が求められる。
逆に言えば、病床までアクセス出来れば治療法が確立されている疾病の患者を減らす事も出来る。その新たなアクセス方法が開発されたのだと言う。
欠陥のある脳回路を非侵襲的に除去
バージニア大学医学部の研究者らは、欠陥のある脳回路を非侵襲的(生体を傷つけずに)に除去する方法を開発した。これにより、従来の脳手術を必要とせずに、機能不全に陥った脳回路を除去し、衰弱した神経疾患を治療できるようになる。
PINGと呼ばれるこの技術は、集束超音波とマイクロバブルを組み合わせて血液脳関門を通過させ、問題のある脳領域に標的を絞って神経毒を送達する。
この方法が手術室に導入されれば、てんかんや運動障害などの最も困難で複雑な神経疾患の治療に革命をもたらす可能性がある。
この新手術法の詳細は「Journal of Neurosurgery」誌に掲載された論文で確認できる。
新手術法「PING」の詳細
この新しい手術法「PING」は、低強度の集束超音波とマイクロバブルを併用することで、脳の自然な防御機能に短時間で侵入し、神経毒を標的に投与することができる、というものだ。
この神経毒は、原因となった脳細胞を死滅させる一方で、他の健康な細胞を温存し、周囲の脳構造を維持する働きがある。
UVAの神経科学・神経外科および脳免疫学・グリアセンター(BIG)のケビン・S・リー研究員は以下のように語る。
「この新しい手術法は、薬物療法に反応しない神経疾患の治療に用いられている既存の脳外科手術に取って代わる可能性があります。この方法であれば、病気の脳細胞だけを取り除き、隣接する健康な細胞は傷付けず、頭皮を切り開くことなく治療する事が可能です。」
「PING」に期待される事
「PING」を使ってどんな疾病に対応できるのか。期待されているのが、薬が効かないてんかんの外科的治療だ。
てんかん患者の約3分の1は抗てんかん薬が効かず、そのうちの一部は手術によって発作を抑えたり、発作が起きないようにすることができる。問題が解決しにくかったのは病巣までのアクセスが課題だった為だ。
「PING」の利点はその驚くべき精度にある。磁気共鳴画像を用いて頭蓋骨の内部を観察し、音波を正確に誘導して、体に備わっている血液脳関門を必要な場所に開くことが可能だ。
血液脳関門は、有害な細胞や分子が脳に侵入しないように設計されているが、その防御性能故にに有益な治療法の伝達も妨げてしまう問題があった。
また、通常の脳外科手術ではアクセスが極めて困難または不可能な領域にある不定形の病巣にも使用できるという点も、このアプローチの精度の高さの大きな利点だ。
非侵襲性と特異性を備えたこの治療法が臨床に応用されれば、難治性の神経疾患の手術に対する信頼性などにもプラスの影響を与えるだろう。
研究者たちはこの「PING」が、神経疾患を治療するための非常に精密で非侵襲的な次世代の神経外科的アプローチの重要な要素になることを期待している。