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地中海における邪眼信仰とはどういったものかを紐解く。

嫉妬の目から身を守ると信じられてきた地中海の邪眼信仰を考察する。

日本には昔から「目」に関する言い伝えや諺が多く存在する。「目は口ほどに物を言う」、「壁に耳あり障子に目あり」などなど他にも目にまつわるエピソードは多岐にわたる。

これは日本だけの話ではない。他の国でも目に関する格言は存在する。例えばユダヤの教えに「嫉妬は1000の目を持っている。しかし、何一つ正しく見えていない。」といったものがある。

人は人に目を向ける時に目的に応じて様々な感情を抱いている。その目的や感情は、羨望や嫉妬、欲望、嫌悪、興味、監視、畏怖など状況や文化などによって異なり、これらの目はしばしば宗教や信仰にも用いられた。

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地中海の邪眼信仰

トルコ等でお土産になっているナザール・ボンジュウ


例えばフリーメーソンのシンボルにもなっているキリスト教のプロビデンスの目や100の目を持つ巨人アルゴス、エジプト神話におけるホルスの目、ギリシア神話におけるメデューサの目やアイルランド神話における魔眼のバロールなど、世界各地で目は宗教や神話に用いられた。

人は潜在的に他者の目に関して敏感であり、様々な物言わぬ感情に対し、ストレスを抱えてきた。そのため、「目から身を守る」という文化が根付いた地域もある。

それが地中海の邪眼信仰だ。日本では博物学者である南方熊楠氏が邪眼(邪視)という概念を始めて日本に紹介したとされる。

邪視 - Wikipedia

今でもこの邪眼信仰は廃れておらず、地中海の様々な国で邪眼から身を守るファーティマの手(ハムサ)ナザール・ボンジュウといったお守りが利用されており、同時土産物として地中海以外にも普及している。

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邪眼とは


地中海における邪眼は、自分が羨ましいと思う物や人に意図せず不幸を与えるため、偶発的な不幸の種であり、誰にでもかけられる可能性があると考えられている。

これは、魔女や魔術師の呪いといった類のものとは大きく異なる考え方で、邪眼に関しては、誰でも持つことができ、特別な技術は必要ない。

この邪眼に対抗する魔除けや予防、治療の方法は多岐にわたる。お守りが多くの文化で幸運のお守りや保護のために使われているように、伝統的には、常に存在すると考えられている「邪眼」のリスクに対抗するためのツールとして今もなお定着している。

防ぐ方法と治す方法は基本的に異なる。例えば防御策としては家に角をつけて、通りすがりの人がかけようとした邪眼を吸収する事で邪眼から守る、といったものだ。

逆に治す場合はどうしていたのだろうか。前述通り、邪眼は誰でも使えて誰にでも影響を与える。更に農地の肥沃度が下がったり、家財道具が壊れたり、家族の誰かが大事故に遭ったりすると考えられていた。いわば人が原因で自然発生する呪い、というイメージが近いだろう。これにはお祓いなどの儀式を行う事で邪眼(呪い)を退ける、といった対処法が取られた。

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邪眼によって常態化した風習


邪眼の文化が定着した地では誰かを褒め、更に祝福の言葉を伝えるのが常態化した。誰が邪眼を持っていて誰に仕掛けるか誰も分からないため、誰もが疑心暗鬼になり、自分が嫉妬されたり悪意を持たれないように振舞ったのだ。

また、邪眼から身を守るために「愚かさ」や「下品さ」を演出した。当時、家庭に子が生まれる事を大切にしていた時代で、無事に子が生まれ、健康に育つのは理想の形だった。それゆえに新生児は邪眼の対象となりやすい。

邪眼は治せるものとされていたが、防ぐことが望ましいとされていたため、羨望の眼差しを向けられないように、妊娠や出産をギリギリまで隠し、周囲に自分の子を「バカ」と伝えたり、否定的な言葉を並べた。

場合によっては子供に粗悪な服を着せたり、顔に泥を塗ったり、不愉快なあだ名をつけたりして、邪眼を避けることもあったという。日本でも「出る杭は打たれる」という言葉がある様に、他国でも人より秀でた者は邪眼を向けられる傾向にあったため、身内が打つ事がしばしばあった。

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異教と宗教の混合


地中海の歴史は古く、邪眼の正確な起源はわかっていない。だが、同様の信仰は、近東やアジアでも見られる。しかし、ある時期に邪眼の信仰体系が他の宗教と融合したことで、その起源がはるかに古くても、伝統的な時代には文化的に受け入れられるようになった。

邪眼を払うために薬草や宗教的なシンボル、聖人の像などを入れた布袋を持ち歩いていた。これらは、祈りを捧げて保護の力を与えてもらうのが一般的だった。

お守りも人気があり、宗教的なものと異教的なものを融合させた様々な形のものがあった。ハムサ(ファーティマの手)やナザール・ボンジュウがその代表だ。

歴史的に、これらは邪眼から身を守るために着用されていた。

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今と昔の差


消費社会である現代ではSNS等での自己アピールがかつてないほど流行している。なかには命を懸けて注目を集めようとする者さえいるほどだ。

だが、歴史的には慎重になる事が重要だった。具体的には財産を隠したり、成功していないふりをしたり、大切な家畜を人の目に触れないようにし、市場に行く際には様々なお守りを持って行ったり、行く前に儀式を行う等していた。

また、現在では、自分の経済状況についてネガティブな話をすると、ネガティブな連鎖が起こると考える傾向にある。ポジティブな考えで自身の運気を上げようとしたり、自分自身に変化をもたらしたりと、積極的に成功をアピールするのが一般化しつつある。

しかし、以前はそのような考えは、幸福、豊穣、富、成功に悪影響を与えると考えられていた。なぜなら、邪眼はどこにでも潜んでいて、いつでも的になりうると考えられていたからだ。

このように現代と当時では大きく認識に差があり、むしろ真逆の行動が是とされている。

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邪眼の治療と魔女の凶弾


地中海近辺を含め、欧州の歴史には、呪いや魔女、魔法に関するストーリーが多く残されている。それらの中には多くの場合、自分が呪われていると思った人は、その原因が誰にあるのかだけでなく、誰に助けを求めたのかを知りたがった事が書かれている。

邪眼(呪い)を治すには、異教と宗教的慣習を融合させた複雑な手順が必要とされていた。ハーブ、オイル、水、燃やした葉、祈り、宗教的な聖歌などを組み合わせたり、油や水を使って、その人が本当に魔眼にかかっているのか、誰が魔眼をかけたのかの診断も行われた。

そのため、治すための専門家は魔女を演じ、その役割のためにコミュニティから追放された者もいれば、もっとひどい目に遭った魔女もいた。魔女の糾弾は、このプロセスの一部となっていたのだ。

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「邪眼に対する恐怖」は今も変わらない


いわゆる「邪眼」は現代では形や概念を変えているという印象だろう。誰かに見られている、嫉妬されている、裏で悪口を言われる、など「人目を気にする」という事に関しては今も変わらない。

科学の発展や文明の発達などで非科学的な現象等や信仰は以前より薄れてはいるが、現代人のコミュニティへの依存度は増している上に、スマホやSNSによる監視社会と言っても過言でははなく、今後も人の目に対する心配が無くなる事は無いだろう。

「邪眼」の防ぎ方は人それぞれ異なる方法で対処しており、今後もコミュニティに依存する以上は目から逃れる術はなく、そういう意味で今も変わらず「邪眼」は我々のそばに存在しているのだろう。

嫉妬を今すぐ行動力に変える方法を知り、邪眼を自らに向け、パワーに変えよう。

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参考文献

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Amet

旅行が趣味の団塊ジュニア世代。旅先で歴史を学んだり遺跡を見学したりその土地の食べ物を楽しむ事をライフワークにしています。本業はテクノロジー/マーケティング関係で情報収集と分析が専門です。

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