貴方は空いた時間に何か物思いにふける事があるだろうか。例えば行列に並んでいる時、ベッドに横たわって寝る前の数分、お風呂に入ってる時などなど。
人は他の動物に比べ脳が発達しており、複雑な思考が可能だ。だが、常に意識して思考しているわけではなく、基本的には機械的に動いているだろう。
ご飯を箸でよそって口に運ぶときに「箸でご飯をよそって口に運ぼう」と考えて行動する者はあまりいない。今回発表された研究結果は、人の思考を意識して行う事で得られたものだ。
人の思考を動的に捉える
人間の思考をテーマにした心理学研究は今まで数多に繰り返されてきた。だが、「何を考えるかを指示」、「数分前に何を考えていたかを記憶」、または「自己申告式のアンケートを使って異なる瞬間の思考のスナップショットを撮る」などの手法が大半で、思考が時間とともにどう変化していくのかをはかる物では無かった。
アリゾナ大学心理学部の大学院生、ラファエリ氏は時間経過によって、人が意識して思考する内容がどう変化するかに着目し、人の思考を動的に捉えるためにリアルタイムで記録、分析する調査を始めた。
この研究結果は「Scientific Reports」誌に掲載されている。
調査内容と対象
研究チームは78人の参加者を用意。スマホやタブレット、PCなどの類の電子機器が一切ない部屋で一人で座っている間、10分間物思いにふけってもらい、声に出して話して貰う。
その思考内容を録音し、文字起こしを行う。2000以上の「物思いにふけった」思考が分析された。これは、前述したように行列に並んでいる時や寝る前のベッドの中、お風呂に入っているなど、1日の中の休憩時間を模倣したものだ。
この時間は外敵要求が少なく、内部指向が入りやすい環境となっている。つまり、ノイズが少ないタイミングだ。
「反芻思考」に陥るケース
調査、分析した結果、興味深いデータが得られた。思考の内容は十人十色であったものの、ポジティブなものとネガティブなものがあり、ネガティブな思考は「反芻思考」に陥るケースが多く見られた。
反芻思考は「ぐるぐる思考」とも呼ばれる、うつ病やADHD、不安障害などの一般的な症状で、後悔や反省に近いものではあるが、繰り返してしまい精神的自傷になってしまう症状の事だ。
また、反芻思考の者は自分の事を考える傾向が強い事も分かった。
研究チームは特定の思考を長期にわたって追跡し、その持続時間や焦点の狭さ、広さを測定。その結果、反芻思考に陥る者に一定のパターンがある事に気が付いた。
反芻思考に陥る者はより過去にフォーカスした思考をする傾向にあり、ポジティブな思考よりもネガティブな思考の方が長く続き、且つ時間の経過とともにネガティブな思考のテーマが徐々に狭くなっていった。
勿論、この調査の対象となった者は臨床疾患の診断を受けているかどうかを知らされていない為、思考に余計なノイズは入っていない。
反芻思考に陥ってしまうとなかなか抜け出せずループ化しやすいため、持続時間も長くなる傾向にあり、ネガティブな思考の持続はうつ病発症に繋がる。思考時間が反芻思考になる者はうつ病など精神疾患のリスクを抱えていると考えていいだろう。
「反芻思考」に陥らないケース
逆に、反芻思考に陥らない者はどうだったのだろうか。反芻思考に陥らない者の中には生産的でインスピレーションを与えてくれると感じた人もいた。
ポジティブな話題や到達したい、叶えたい目標について考えていたりと、非常にクリエイティブなものだった。
この思考時間を「自分が忙しい世界から抜け出すための気分転換になるエクササイズ」となったのだという。この検証は治療やその方法を探るのが目的ではないが、一部の参加者にとってはセルフセラピーとなっていた。
パンデミックの中で
この検証はパンデミック前に終了したが、世界中の多くの人が今現在、ステイホームやロックダウン、或いは感染による隔離などで孤独な時間を過ごす経験をしている。
このパンデミックで多くの問題が起きているのは知っての通りだ。うつ病や不安神経症など精神疾患の発症、薬物乱用、DV被害にあった者や考え方の相違でパートナーを解消した者もいるように、社会的コミュニティが重要な現代人にとって、人との接触は精神的な幸福感に影響を与える。
パンデミック前は精神的休息について世界的にも軽視されていたが、実際は無意識に行っており、精神の安定に繋がっていたのだ。
思考はトレーニング可能だ。例えば一人の時間が出来た時にスマホに手を伸ばす事をやめてみる、いわゆるデジタルデトックスを行い、ポジティブな思考のトレーニングに努めるのも良いかもしれない。