今も変わらずに世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス(COVID-19)は、その猛威の一端として変異する点にある。
COVID-19が広がり始めてから2年もたたずにアルファ(α)、ベータ(β)、ガンマ(γ)、デルタ(δ)、イータ(η)、イオタ(ι)、カッパ(κ)、ラムダ(λ)、イプシロン(ε)、ゼータ(ζ)、シータ(θ)と、包囲網を潜り抜けるかのように次々と変異し、勢いを増していく。
一部の者からは「変異している原因はワクチンではないか。」という声がある。「ワクチン接種の曲線の後に、死者の曲線が続いている。変異株に感染し死亡している人の殆どがワクチン接種者だ。ワクチンが広がり始めたタイミングと変異株が発生したタイミングはほぼ同じだ。」などといった声だ。
COVID-19に限らず、新たな変種がどのようにして、またなぜ生まれるのかについては複雑なプロセスがある事もあって、多くの混乱を招いた。
急速変種したオオシモフリエダカ
まず、「種の変異」について話そう。ここ最近で学者たちを驚かせている、急速な変種を遂げた種にオオシモフリエダカがいる。
1800年代半ば、イギリス・マンチェスターにある工場が、この蛾の生息地を煤(すす)で覆うようになり、蛾の本来の白色が災いして天敵から見えやすくなってしまった。
しかし、一部の蛾は突然変異でダークグレーに変異していたのだ。このカモフラージュがうまくいき、天敵から逃れ、結果的に多く存在した白色の蛾よりも多く繁殖することができた。
もともと白かった蛾は非常に目立っており、天敵の格好の的だった。これはいわゆる自然淘汰の事例だ。このように、種の変異は意外な理由がある事も多く、複雑なプロセスが絡む事もしばしばある。
より自然なのはワクチンか、感染拡大か
ピッツバーグ大学の進化生物学者であるヴォーン・クーパー氏と感染症疫学者であるリー・H・ハリソン氏が協力して、コロナウイルスの変異制御を目的に進化プロセスを追跡、この1年半で新型コロナウイルスが世界各地でどのような変異を遂げてきたのかを注視してきた。
確かに前述した蛾が変異して天敵を避けたように、変異種がワクチンを回避する亜種の出現であると考えるのは自然なことではある。
だがしかし、ワクチンを接種した事のある人は2021年9月の時点で世界でわずか40%弱に過ぎず、低所得国ではわずか2%ほどだ。この少ない環境から10以上の変異が生まれるとは考えにくい。
そして、世界では毎日100万人近くが新たに感染していることを考えると、デルタ株のような感染力の強い新種の出現は、ワクチンではなく、無秩序な人々の感染によって引き起こされていると考える方がむしろ自然だろう。
ウイルスには思考能力はなく、ただただ淘汰されないように本能的に動いている。ワクチンの接種者とは比べ物にならない人数の感染者がいるのだから、数多の感染を経て変異していると考えるのが妥当だ。
ウイルスはどのように変異するのか
ウイルスを含め、生物にとって遺伝情報をコピーすることは生殖の本質ではあるが、このプロセスは不完全なものだ。以前、高齢女性の不妊の話でもコピープロセスが原因だったという研究結果もある。
コロナウイルスは遺伝情報にRNAを使用している。RNAのコピーはDNAを使用するよりもエラーになりやすい事が分かっている。論文は以下。
研究者たちは、コロナウイルスがコピーされる際、新しいウイルスコピーの約3%に、突然変異と呼ばれる新しいランダムなエラーが発生することを突き止めた。
感染するたびに、人の体内では数百万個のウイルスが作られ、多くの変異したコロナウイルスが発生する。しかし、突然変異したウイルスの数は、感染のきっかけとなった株と同じウイルスの数に比べれば、はるかに少ないものなのだ。
発生する変異のほとんどは、ウイルスの働きを変えない無害な不具合ではあるものの、実際にはウイルスに害を与えるものも勿論ある。
ごく一部の変化は、ウイルスの感染力を高める可能性があるが、このような変異体は、「運が良い」必要があるのだ。新しい変異体を生み出すには、新たな人にうまく移り、多くのコピーを複製しなければならない。
感染は重要なボトルネック
感染者に存在するウイルスの多くは、感染のきっかけとなった株と遺伝的に同一だった。稀な突然変異ではなく、コピーの1つが他の人に感染する可能性の方がはるかに高い。
また、研究の結果、最初の感染者から別の人に感染する変異ウイルスはほとんどない事もわかっている。新しい変異体が感染を引き起こしたとしても、新しい感染者の中では変異体ではないウイルスの方が数が多く、次の人に感染することは通常あまりないのだ。
変異体が感染する確率が小さいことを、「人口のボトルネック」と呼んでいる。次の感染を開始するウイルスの数が少ないという事実は、新しい変種が発生する確率を制限する決定的な、ランダムな要因なのだ。
つまり、すべての新しい変異株の発生は、コピーエラーと可能性の低い感染イベントを含んだ偶然の出来事に他ならない。
感染者の中にある何百万ものコロナウイルスのコピーの中から、より適した変異体が他の人に広がり、新しい変異として増幅される確率は極めて低い。
新しい変異種はどのように出現する?
残念ながら、現在の無秩序なウイルス拡散は、最も厳しいボトルネックをも克服してしまう。ほとんどの突然変異はウイルスに影響を与えないが、中には感染力を高めるものもある。
拡散速度の速い株がどこかでCOVID-19の感染者を増やす事に成功してしまうと、感染力の弱い株との競争に勝ってしまい、新たな変異体を生み出すようになる。デルタ型がそうであったように。
多くの研究者が、どのような変異がコロナウイルスの感染力を高めるかを研究している。その結果、感染者が産生するウイルスの量を増加させるような変異が多いことがわかった。
毎日100万人以上の人が新たに感染し、何十億人もの人がまだワクチンを受けていない今の状況では、感染しやすい宿主が不足することはまずないだろう。
つまり、自然淘汰はこれらのワクチン未接種者を利用してコロナウイルスの感染力を高めることができる突然変異を好むことになるわけだ。
このような状況下で、コロナウイルスの進化を抑制する最善の方法は、感染者数を減らすこと、ただこの一点につきる。
ワクチンが新たな変異を阻止する
デルタ型は既に世界中に広がっており、次の変異株、例えばミュー株も次々に増えている。感染を抑えることが目的であるならば、ワクチンが有効だろう。
ワクチンを接種した人はデルタ型に感染する可能性があるものの、ワクチンを接種していない人に比べて感染期間が短く、症状も軽い傾向がある。
これにより、ウイルスの感染力を高めるような変異や、ワクチンによる免疫を突破できるような変異が、人から人へと飛び火する可能性が大幅に減るからだ。
最終的には、ほぼすべての人がワクチン接種によってコロナウイルスに対するある程度の免疫を持つようになると、この免疫を突破したウイルスが他の株に対して競争力を持つようになるかもしれない。
このような状況では、前述した自然淘汰の理論によって、ワクチン接種を受けた人に感染して重篤な病気を引き起こすような変異体が生まれることも理論的には考えられる。だがしかし、これらの変異体は、人口のボトルネックから逃れる必要があるのだ。
今のところ、新しい感染症がたくさん発生しているので、ワクチンによる免疫が変異体の出現の主役になるとは考えられない。これは単純な数の問題である。ワクチンを回避することでウイルスが得られるわずかな利益は、ワクチンを接種していない人々に感染させる膨大な機会に比べればはるかに小さいだろう。
感染数と突然変異体の増加の関係は、すでに世界で多く確認されている。コロナウイルスは、パンデミックが制御不能になるまでの数ヶ月間、基本的に変化しなかった。
感染者が比較的少なかったため、遺伝コードが変異する機会が限られていたからだ。しかし、感染が爆発的に増加すると、ウイルスは何百万回もサイコロを振り、いくつかの突然変異がより適した突然変異体を生み出してしまった。本来、確率が非常に少ないものが、感染拡大により驚異的な回数の機会を与えてしまったため、現在の状況に陥っている。
新しい変異体を阻止する最善の方法は、その拡散を阻止することであり、その答えは今のところワクチン接種のみと言える。