脳には知っての通り人の記憶の全てを司る。意識して記憶する/しないを選別するには技術や訓練が必要だが、基本性能として情報を記憶(保存)し、後で引き出す(検索)できる、いわばデータベースのような役割を担う。
勿論それはあくまで基本性能だ。他にも思考したり触覚や視覚、聴覚など五感で得た情報を処理し、同じく記憶として保存するなども可能だ。
ではそうした脳の機能はいつから備わっているのだろうか。人の臓器は年齢と共に成長していくのが一般的だが、脳も同じように若い頃は性能が低く、年齢と共に性能が増していくのだろうか。
乳児の時点で成人並みの顔認識能力
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、生後2カ月から9カ月の赤ちゃんを対象とした研究で、乳児の視覚野の中に、大人と同じように、顔、体、風景のいずれかに強い選好性を示す領域を確認した。
脳科学者たちは、子供のうちにこの記憶領域が発達するには、何年もの視覚的経験が必要だという仮説を立ててきた。今回得られたデータは、これまでの人の脳の発達イメージを覆すものとなる。
しかし、この新しい研究では、この記憶領域はこれまで考えられていたよりもずっと早い時期に形成されることが示唆された。この研究結果は「Current Biology」誌に掲載されている。
機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を採用
データの取得には機能的磁気共鳴画像法(fMRI)が採用された。よく多くの乳児からより多くのデータを必要としたため、乳児にとっても快適で、且つ、大人の脳の研究に使われるfMRIスキャナーと同等の解像度を持つ新しいスキャナーを開発した。
研究チームは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、50人以上の乳児から使用可能なデータを収集した。
この数は、これまでどの研究機関でもスキャンできなかった数だ。これにより、これまでにない方法で乳児の視覚野を調べることが可能となった。
紡錘状回顔領域の発見
今から20年以上前、マサチューセッツ工科大学(MIT)のウォルター・A・ローゼンブリス教授(認知神経科学)は、fMRIを用いて、視覚野の中の小さな領域で、他の種類の視覚入力よりも顔に強く反応する「紡錘状回顔領域」を発見した。
その後、今回の研究の筆頭著者であるカンウィッシャー教授らは、体や風景に反応する有線外皮質身体領域(extrastriate body area・通称EBA:Wikipedia英)を発見。
2017年、fMRIを使って起きている乳児の脳を調べることに初めて成功したと報告された。9人の乳児のデータを含むその研究では、乳児には顔やシーンに反応する領域があるものの、それらの領域はまだ高度に選択的ではないことが示唆された。
しかし、この研究では、被験者数が少なかったことに加え、赤ちゃん用に開発したfMRIコイルを使用していたため、成人用のコイルに比べて高解像度の画像が得られなかったという問題があった。前述したとおり、乳児向けに新たにfMRIスキャナーを開発したのはこういった経緯があったためだ。
どのようにデータを取得したのか
今回の研究では、約90名の被験者となる乳児を募集し、そのうち52名の赤ちゃんから有効なfMRIデータを収集した。
乳児には親と一緒に専用スキャナーに入り、顔、足を蹴ったり手を振ったりする体の一部、おもちゃなどの物、山などの自然の風景を映したビデオを見せた。
その結果、乳児の視覚野の特定の領域が、顔、体の一部、自然の風景に対して、成人の脳で見られるのと同じ場所で高い選択性を示すことがわかったのだという。但し、自然風景に対する選択性は、顔や体の一部に対する選択性ほど強くは無かった。
思っていた以上に速い
視覚神経科学の分野では、特殊な領域が出現するには何年もの発達が必要であるという考え方に合わせて、さまざまな理論が生まれてきたが、その仮説が覆った以上、過去の概念を修正する必要があるだろう。
今まで脳科学者達の間では4~5歳頃から発達し始めると考えられていたが、実際は生後2~9か月の視覚経験しか必要としていなかったのだ。
研究チームは今回の結果をさらに分析し、乳児の脳が言語や音楽にどのように反応するかなど、認知の他の側面についても検証する予定だ。