人は脳の発達により大きく進化し、文明も発展し科学も大きく進歩した。だが、現代の高度な文明をもってしても人類が打ち勝つことのできないものがある。
それが災害と病気だ。人は様々な疾病に罹る。稀な疾病もあれば患者人口の多い疾病もあるし、治るものもあれば不治の病も存在する。
特に脳疾患は厄介だ。精神疾患も関わるし、体躯への影響もでるし、治療も困難、原因も不明なものが多く、患者数も多い。例えばアルツハイマー病などは発症率も高く介護必須となるため長い間、世界的に社会問題になっている。
そんなアルツハイマー病の進行の原因が特定されたのだという。
アルツハイマー病の進行の原因が特定される
ケンブリッジ大学を中心とした国際研究チームは、アルツハイマー病が脳内で進行している原因をヒトのデータを用いて初めて定量化し、従来考えられていたのとはまったく異なる方法で進行することを明らかにした。
アルツハイマー病は、脳のある一点から始まり、脳細胞の死につながる連鎖反応を起こすのではなく、脳のさまざまな領域に早期に到達していた。到達したその部位の細胞が有毒なタンパク質を生成して死滅するため、病状の進行速度が制限される。
この結果は、潜在的な治療法の開発に重要な意味を持つと考えられる。本研究結果は「Science」誌に掲載されている。
数学モデルに適用
研究チームは、アルツハイマー病の患者の死後に採取した脳サンプルと、軽度認知障害から後期アルツハイマー病までの患者から採取したPETスキャンデータを用いて、アルツハイマー病に関与する2つの重要なタンパク質のうちの1つであるタウの凝集を追跡。
アルツハイマー型認知症では、タウとアミロイドベータというたんぱく質が絡み合い、プラークを形成することで脳細胞が死滅し、脳が縮小する。その結果、記憶喪失、性格の変化、日常生活が困難になる等の症状が現れる。
研究チームは、5つの異なるデータセットを組み合わせて同じ数学モデルに適用することで、アルツハイマー病の進行速度を制御するメカニズムが脳の個々の領域における凝集体の複製であって、特定の領域から別の領域への凝集体の拡散ではないことを確認した。
今回の成果は、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の進行を理解する新たな方法、および将来の治療法を開発する新たな方法を提供するものと言える。
従来の考えとは大きく異なる結果
アルツハイマー病を引き起こす脳内の進行プロセスは、長年にわたり「アミロイドカスケード仮説」や「連鎖反応」といった言葉で表現されてきた。
アルツハイマー病は、数十年かけて進行的に発症し、死後の脳組織を調べて初めて確定診断が下されるケースもある難しい病気だ。
だが、今回の研究で、発症した時にはすでに脳の複数の領域に凝集体が存在していることが分かった為、領域間の広がりを止めようとしても、進行を遅らせることは難しい。別のアプローチが必要となるだろう。
動物モデルは絶対ではない
この病気の研究では長年、主に動物モデルが用いられていた。マウスを使った研究では、毒性のあるタンパク質の集団が脳のさまざまな部分に定着することで、急速に広がることが示唆されていた。
論文の筆頭著者であるケンブリッジ大学ユスフ・ハミード化学部門のゲオルグ氏とノールズ教授は以下のように語る。
「アルツハイマー病の発症は、多くの癌と同じように、ある部位で凝集体が形成され、それが脳内に広がっていくと考えられていました。しかし、そうではなく、アルツハイマー病が始まるときには、すでに脳の複数の領域に凝集体が存在していることがわかりました。そのため、領域間の広がりを止めようとしても、病気を遅らせることはほとんどできません。アルツハイマー病の発症をどのようなプロセスで制御しているかを、ヒトのデータを用いて長期的に追跡したのは、今回が初めてです。この研究は、ケンブリッジ大学が過去10年間に開発した化学動力学の手法により、脳内での凝集と拡散のプロセスをモデル化できたこと、PETスキャンの進歩、その他の脳内計測の感度向上などにより実現しました。この研究は、不完全な動物モデルではなく、人間のデータを用いることの価値を示しています。15年前、基本的な分子メカニズムは、私たちや他の研究者が試験管の中で単純なシステムについて決定していましたが、今では、実際の患者の分子レベルでこのプロセスを研究することができ、いつか治療法を開発するための重要なステップとなっています」
今後の展開
研究者らは、今回の方法論は、世界で4,400万人が罹患していると推定されるアルツハイマー病の治療法の開発に役立つと考えている。
そのためには、人間が病気を発症する際に起こる最も重要なプロセスを標的にする必要がある。この方法論は、パーキンソン病などの他の神経変性疾患にも応用できる可能性があるだろう。
研究チームは今後、パーキンソン病の発症初期のプロセスを調べ、前頭側頭型認知症、外傷性脳損傷、進行性核上性麻痺など、疾患中にタウ凝集体が形成される他の疾患にも研究を拡大する予定だ。