人類は医学によって寿命を飛躍的に伸ばし、種の増加に大きく貢献してきた。そして現在でも死に至る疾病への研究が日々行われている。
だが、研究機関や研究員は有限だ。中には、昔から多くの人が罹る疾病であるにも関わらず、死に至らないがために研究対象になりにくい分野もある。
例えば整形外科分野は多くの患者がいるにもかかわらず脳や心臓に比べて研究されにくい。そんな整形外科で特に多いのが軟骨に関わる疾病だ。
軟骨は基本的に再生しない
変形性膝関節症や脊椎同士の間に入る椎間板などの軟骨は基本的には再生しない。骨は破壊と再生を繰り返しており、例え折れても基本的には再生する。骨粗しょう症などはこの再生サイクルの異常によって起こる疾病だ。
軟骨の再生に関してインターネットで検索すると「骨盤を直せば治る」などの記事も散見されるが医学的根拠は全くなく、確たる検証データもない。
軟骨が再生しないのは医学的な理由がある。軟骨部分は血流が殆ど行き届かず、組織を再生させる為の細胞が供給されない為だ。再生しない、というと語弊があるが、軟骨は自己修復機能が非常に低く、更に弱った筋肉と重力によってすり減る速度の方が早いため結果的には「再生しない」。
iPS細胞という言葉が数年前に世間を騒がせたが、この細胞が取りざたされたのはこういった軟骨の再生に貢献できる可能性を持っているからだ。
軟骨の再生は高度な医学的知識や技術が必要で、まだまだ研究されているさなかにある。
そんな軟骨はこのように再生にむけた研究の他に、代替品の開発も行われている。
水分が80%で、車に轢かれても大丈夫な新素材「スーパーゼリー」が誕生
英国ケンブリッジ大学の化学者であるオレン・シャーマン氏率いる研究チームは車に轢かれても象に踏まれても元の形に戻ることができる、柔らかくて強い新素材を開発した。
このハイドロゲル素材(水を内部に含む物質の総称)は80%が水でできており、水以外の部分が圧縮されると超硬質のガラスのようになる。このような柔らかい素材がこれほどまでに優れた圧縮耐性を示したのは初めてだという。
研究チームはこの「スーパーゼリー」が今後さらに開発が進めば、ソフトロボットへの応用や、軟骨代替品の柔軟性の向上など、さまざまな実用化が期待できるという。
この研究結果は「Nature Materials」誌に掲載されている。
新素材の詳細
既存のハイドロゲルは一般的に圧縮するとつぶれてしまう。この「スーパーゼリー」が既存のハイドロゲルと異なる点は、その分子構造と、架橋(化学結合で結ばれた2つの分子)の使い方にある。
ククルビットウリル(Wikipedia)と呼ばれる樽状の分子が架橋の役割を果たしており、それぞれの分子が2つの分子を手錠のように結んでいる。そうすることで、分子は通常よりも長い間、所定の位置に留まることができる。
つまり、材料の機械的特性をつかさどるポリマーのネットワークがより強固に結びつき、圧縮に耐えられるようになったのだ。その結果、ゴムのような状態からガラスのような状態まで、さまざまな性能を発揮することができるようになった。
今までハイドロゲル素材は強靭さと自己修復性で知られているが、この新しいハイドロゲルは今までにない耐圧性を誇る新たなハイドロゲルとなる。
考えられる用途
この新しいハイドロゲルは高性能ソフトマテリアルの分野に新しい章を作るものだ。立つ、歩く、跳ぶなどの動作をリアルタイムで監視するハイドロゲル圧力センサーとして利用したり、前述通り軟骨の代替として整形外科治療に用いる事も考えられる。
加齢による変形が無くなれば、寝たきりの患者も今より減るだろうし、介護の負担も大幅に減る。
勿論、まだ開発されたばかりの素材であり、バイオメディカルやバイオエレクトロニクスの分野に応用するには、さらなる開発が必要だ。しかし、多くの勘王制を秘めた素材である事は間違いないだろう。