人によって何が怖いか、何を恐れているかは異なる。事故や病気、災害が多いだろうが、中には海や山、獰猛な野生動物、細菌やウイルス、幽霊など人の恐怖の対象は多岐にわたる。
だが、その恐怖の対象の先にあるものは痛みと死という大きな共通点がある。人はなにより苦痛を恐怖の対象とし、苦痛の先には苦痛すら感じられなくなる死が待ち受ける。
地球で恐怖の対象は様々あると思うが、宇宙で最も恐ろしいのはブラックホールだろう。ブラックホールがどういうものかを知ると、なぜ怖いのかがよくわかる。
ブラックホールとは
ブラックホールがなぜ怖いのかを知るには、まずブラックホールを知る必要がある。漫画やゲーム、SFなどでもよく目や耳にする機会は少なくない為、名前だけは知っている、という者も多いのではないだろうか。
簡単に言えばブラックホールは「重力が強すぎてどんな物でも逃れられない宇宙空間の領域」だ。
あまりに強い為、光さえ出る事が出来ない。こういった特性から直接的な観測が難しく、まだまだ多くの謎に包まれている。
ブラックホールの存在の証明
現代的なブラックホール理論という意味で、ブラックホールの存在に最初に気が付いたのはカール・シュヴァルツシルト氏だ。アインシュタインの一般相対性理論が発表された直後の1915年に、アインシュタイン方程式を解いてみたところ、特異点の存在に気が付く。
アインシュタイン本人は一般相対論で特異点が有り得ることを渋々認めていたものの、あくまで数学的な話であって現実には有り得ないと考え、1939年には否定する論文も書いている。
時は流れ、科学と技術が飛躍的に向上し、2011年8月25日にJAXAが39億光年離れた銀河の中心にある巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を世界で初めて観測、世界で初めてブラックホールの位置を特定することに成功した。
更にライオネル・ペンローズやスティーヴン・ホーキングが、アインシュタインが自ら創始した理論である相対性理論で否定したブラックホールを、相対性理論を拡張してブラックホールが存在することを証明した。
これがいわゆる、「ペンローズ・ホーキングの特異点定理(Wikipedia)」である。
ブラックホールの存在はずっと科学者たちの間でも肯定する者も多かったが、初めて観測され、計算で存在が証明されたのはまだ最近の話だ。
ブラックホールが恐ろしい理由
ブラックホールの恐ろしい理由は、我々人類の想像を超えるほどの重力である点だ。光速という驚異的な速度で移動する光でさえ、その重力の前では無力だ。
インターステラーという映画を見たことがあるだろうか。地球の異常気象を止められず、作物が作れなくなり、人類滅亡の直前を描いたSF映画だ。
移住先を求め、選ばれた宇宙飛行士が命を懸けて宇宙の彼方へ旅立つ、というものだ。作中ではブラックホールが描かれており、その絶対的な重力の脅威を映像で知る事が出来る。
特異点に直接触れる描写もあるが、この辺はSFならではのもので、特定のケースを除いて、実際は理論上は重力に体が耐えられず、細断され、圧縮され塵も残らないだろう。ブラックホールは物理法則が消滅する場所なのだ。
ブラックホールの誕生はその周囲の死を意味する
ブラックホールの誕生は、つまりは巨大な星の死、というのが現在考えられている説だ。
星の核燃料が尽きた後、星のコアは原子核の100倍もの密度を持つ、考え得る限り最も高密度の物質状態に崩壊する。その密度は原子核の100倍にも及び、陽子、中性子、電子はもはや個別の粒子ではないほどに圧縮されている。
ブラックホールは前述通り驚異的な重力を持っており、周囲の物質の全てを飲み込む。光も例外ではないため、ブラックホールの周囲はその名の通り光が存在しないため暗い。
実際にブラックホールに人が落ちてしまったらどうなってしまうのだろうか。特異点を証明したスティーヴン・ホーキング博士は自身の著書「ホーキング、宇宙を語る(A Brief History of Time)」の中で「スパゲッティフィケーション」と表現している。
ブラックホールの強烈な重力によって体が引き裂かれ、骨、筋肉、筋、そして分子までもが分離してしまうのだ。前述通り、超重力で細断されてしまう。
詩人のダンテが『神曲』にて「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」と表現したように、まさにブラックホールは地獄の門なのだ。
ブラックホールの数は?
ハッブル宇宙望遠鏡による過去30年間の観測で、すべての銀河の中心にはブラックホールがあることがわかっている。大きな銀河には大きなブラックホールがある。
2016年、NASAは宇宙空間に存在する銀河の数は2兆あると発表した。
全ての銀河の中心にはブラックホールがある。つまり、宇宙にあるブラックホールの数は2兆あると考えられる。
ブラックホールのサイズは?
これまでに発見された最大のブラックホールは、太陽の400億倍、太陽系の20倍もの質量を誇る。太陽系外惑星の公転が250年に1度であるのに対し、この巨大な天体の公転は3カ月に1度で、外縁部は光速の半分の速度で動いている。
他のブラックホールと同様に、巨大なブラックホールは事象の地平線で遮られている。その中心には、密度が無限大の空間である「特異点」がある。
ブラックホールの内部を観測することができないのは、ブラックホール内部では物理法則が崩れてしまうからだ。事象の地平線では時間が止まり、特異点では重力が無限になる。
ブラックホールに死はあるのか
全ての物質の死を呼ぶブラックホールだが、ブラックホール自体の死はあるのだろうか。古典物理学においては、ブラックホールはただひたすら周囲の物体を呑み込み質量が増大していくだけ、つまり不死身であると考えられていた。
だが、スティーヴン・ホーキング博士はブラックホールから物質が逃げ出して最終的にブラックホールが蒸発する可能性を指摘した。その理論は以下の通りである。
量子力学ではエネルギーと時間は不確定性関係にあり、時空の微小な領域で粒子と反粒子の対生成・対消滅が絶えず起こっているとされる。ブラックホールの地平面の近傍でこのような仮想粒子対が生成すると、それらが対消滅する前に片方の反粒子がブラックホールの地平面内に落ち込み、もう一方の粒子が遠方へ逃げ去ることがある。地平面内に落ち込んだ反粒子は負のエネルギーであるため、ブラックホールのエネルギーは減衰する。この現象が繰り返されることによって、粒子がブラックホールから次々に地平面を通り抜けて飛び出してくるように見え、ブラックホールは徐々にエネルギーを失っていくように見える。
これは理論上によるもので、観測されたわけではないため、真偽が出るのはまだ先の話だろう。
いずれ死ぬとは言え、やはりブラックホールが宇宙で最も卸い存在である事に変わりは無いのである。