地球は空気(大気)で満たされている。構成は窒素が78%、酸素が21%、アルゴンが0.9%、二酸化炭素が0.03%などだ。
何も見えない空間のようだが、このように空間は何かしらの成分で満たされており、その成分のお陰で我々のような地球に住む生命体は生かされている。
では宇宙はどうだろうか。宇宙を構成する成分は26.8%が暗黒物質(ダークマター)、68.3%がダークエネルギー、残りの4.9%が水素やヘリウムなど我々に馴染みのある原子だと言われている。
ただし、ダークマターとダークエネルギーは質量は持つが、光学的に観測する事が出来ない仮定の物質となっている。
ダークマターの量の測り方
ダークマターは観測できない。だが、ある程度量を計る事は可能だ。もともとダークマターはあり得ない現象が存在し、それを補うものが存在するはず、と仮定された物質である。
例えば星は星雲の中心を軌道に乗って回っている。中央にはそれらの星を留める重力がある。だが、一部の星は計算上、その重力だけでは銀河内に留まる事は出来ず外に投げ出されてしまうはずだ。
だが、そうならずにいる。この計算上説明がつかない現象のギャップをダークマターで補われている、とされている。今では研究も進み、ダークマターが銀河の形成に重要な役割を果たし、銀河の重力結合を維持している事も分かっている。
つまり、銀河内のガスや星の動きを元にダークマターの存在を仮定する事で逆算すればダークマターを測量する事が出来るわけだ。例えばアメリカ・テキサス州にあるマクドナルド天文台のハーラン望遠鏡に搭載された「ウイルス-W」は暗黒物質を測量するのに使われる。
だが、何とも不可解な事に、このダークマターが存在しない銀河が発見された。
ダークマターが存在しない銀河の発見
フローニンゲン大学カプテイン天文学研究所とオランダ電波天文学研究所(ASTRON)の研究者チームは超拡散銀河AGC 114905を観測したところ、ダークマターの存在を示す証拠が一つも見つからない事を報告した。
この観測結果が正しければ、これまでの宇宙モデルや宇宙の見方の見直しを迫ることになる。この研究結果は英国王立天文学会の「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」に掲載される予定だ。
この発見は、すべての銀河(特に超拡散矮小銀河)は、それらを支えるダークマター無しには存在し得ないという、ダークマターに関するこれまでの一般的な理論に反するものだ。
発見の経緯
論文の主執筆者であるピニャ氏が率いる研究チームはダークマターがほとんどないと思われる6つの銀河を観測した。当然ながら、何かの間違いではないか、となり測定のやり直しを指示された。
ピニャ氏らはニューメキシコ州のVery Large Array(VLA)を使って、うお座の方向、約2億5000万光年の距離にある、ガスに満ちた超拡散性の矮小銀河、AGC 114905を観測した。
これは、同じ大きさの銀河でありながら、我々の銀河よりもはるかに星の数が少なく、輝度も低い銀河だ。この銀河をターゲットとし、2020年7月から10月にかけて40時間にわたり、ガスの回転に関するデータを収集した。
このデータをもとに、ダークマターの測量法では一般的な方法を取り、銀河の中心からのガスの距離(X軸)とガスの回転速度(Y軸)を示すグラフを作成した。
このグラフから、AGC 114905のガスの動きは、通常の物質の存在だけで説明できることがわかった。理論的にはAGC 114905には暗黒物質が存在するはずなのに、観測結果では存在しない。そればかりか、理論と観測の差は大きくなる一方だとピニャ氏は語っている。
ダークマターが存在しない理由を考えたが・・
なぜ理論上、存在するはずのダークマターが存在しないのか。考えられる理由はあるのだろうか。ピニャ氏は様々な可能性を考えた。
例えばAGC 114905は、近隣の大きな銀河との潮汐相互作用によって暗黒物質が剥ぎ取られた、というものだ。そこで、Λ-CDM宇宙論モデル(Wikipedia)や、一般相対性理論の代替理論のパラメータを調整して、観測結果と一致するよう試みた。だが、一致させるには極端なパラメータの値の導入が必要だった。
また、冷たい暗黒物質(コールドダークマター)の代替理論である修正ニュートン力学(Wikipedia)でも、銀河内のガスの運動を再現することが出来ない。
現状考えられる最後の可能性は測定ミスしかない。そこで、銀河を観測する際の推定角度の推定値がずれている可能性を考えた。だが、ダークマターが存在する結果にするには非常に大きく角度を変える必要があった。
信じがたい事だが、様々な可能性を検討しても「AGC 114905にはダークマターが存在しない」という結論にしか至らないのだ。
更なるデータを求めて
実はダークマターが殆ど無いように思える銀河の観測は初めてではない。2018年にはイェール大学ソル・ゴールドマン・ファミリー天文学教授であるピーテル・ヴァン・ドクカム氏が率いるアメリカとカナダの合同研究チームが、同じくダークマターが存在しない超拡散銀河(NGC1052-DF2)を発見している。
今回、ピニャ氏らが採用した技術と測定方法は、より確実な結果をもたらした。これが、NGC1052-DF2のようなダークマターレス銀河が存在するという裏付けにもなる。
ピニャ氏らは別の超拡散矮小銀河を詳細に調べる予定だ。もし、再びダークマターの痕跡が見つからなければ、「CDMモデル」に反する銀河が存在することが確認される。
ダークマターが銀河や宇宙の進化に果たす役割に新たな制約を与える事になるが、これは良いニュースかもしれない。なぜなら、ダークマターやその銀河・宇宙の進化における役割に新たな制約が加わるからだ。